プロレスに日本の未来を託すブログ

日本経済復興のカギは、プロレスにある!プロレスに学ぶ、ビジネス論をお届けします。

カテゴリ:社会

この記事では、アメリカ有数の経済情報誌であるWSJ(ウォールストリートジャーナル)に掲載されていたアメリカのインディープロレスに関する記事を和訳して紹介しています。

世界最大の日刊経済新聞であるウォールストリートジャーナル(Wall Street Journal WSJ)が、なんとアメリカのインディー団体の内情を赤裸裸に紹介していました。




すごい興味深い内容なので思わず和訳してしまいました。少しでもアメリカのインディープロレスに興味がある方は、是非読んで頂きたいです。

元記事
http://blogs.wsj.com/metropolis/2014/03/19/bronx-wrestlers-punch-body-slam-for-glory/
元記事だと、この和訳記事の広告が表示されているところに、レスラーたちの写真があるので、是非そっちも一度見てくださいね。段落が多いのは、元記事と同じ所で区切っているためです。

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こちらの団体、BWF(Bronx Wrestling Fedelation)のルポです。


日本語訳

タイトル:Bronx Wrestlers Punch, Body-Slam for Glory

ブロンクスのレスラー達は名誉のためにパンチやボディースラムをする

ニューヨーク州のブロンクスにある倉庫の2階で、コスチュームに身を包んだ男たちが、100人以上のファンを前にリングの上で闘っている。

彼らは日中は工事現場労働者だったり、レストランのマネージャーだ。でも、夜はプロレスラー”ケイブマン”や”ビッグ・ヘビー"となって、毎月開催されるBWF(ブロンクスレスリング連盟)の興行に出場するのだ。

BMFの大半のレスラー達は別の仕事をしていて、家族も持っている。彼らは子どもの頃からプロレスラーになりたいという夢を持っていて、そして今それをかなえている。

ドミニカ出身のフランコ・セガンドにとって、それは本当に大きな夢で、彼は2010年にBWFを設立した。

セガンド氏がコスチュームに身を包んでリングに上がるとき、彼はマスクマン、ブロンコ・インターナシオナルになる。

「私たちは子ども達の人気者だ。リングに上がると子ども達は熱狂する。試合後、家に帰ると体中が痛いけど、頭の中では”今日はみんな喜んでたな"って思うんだ」と、51歳になるセグンド氏は語る。


彼の母国ではセガンド氏はルチャドール、派手な衣装で闘うメキシコスタイルのプロレスラーだった。彼は2000年に建設業で働くべくニューヨークに移住してきた。しかし彼はどこか満たされず、レスリングをすることだけが彼を満たしてくれると気づいた。

それから氏はブロンクス川の近くのジムにリングを作った。レスリングスクールを開いて50人の生徒を指導し、興行を始めた。


「ルチャは私の情熱、私の人生だ」と彼は語った。

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彼に同調する人も出てきた。レストランのマネージャー兼子どものカウンセラー兼看守をしている39歳のロバート・ムノズさんだ。リングネームは”関節技のテクニシャン”ことボビー・ベノムだ。

混紡を振り回して叫ぶレスラーのケイブマンはブロンコス在住の21歳のホセ・カマチョだ。彼はネアンデルタール人のような髪を切るように上司に言われた事がきっかけでバイトをやめてしまった。

「僕はバイトの上司にレスリングが最優先だと伝えたよ」とカマチョ氏(ケイブマン)は語る。

ビッグヘビーことジョージ・ロサリオ氏は185cm、140kgの巨漢だ。


彼はリング上で叫ぶ「誰も俺を止められない。俺は偉いんだぜ。お前達がそれを気に入らないならなんとかしてみな!」彼は29歳で高齢者センターで運搬人をしている。


ニューヨーク州のアスレチックコミッションはプロレス興行をエンターテイメント(演劇などと同様)として扱っている。しかし、(格闘技ほどではないにせよ)依然として規制がある。興行主は年間免許を持たなければならず、レスラー達に保険をかけ、試合前にはレスラー達は免許を持った医師の診断を受ける必要がある。


世界最大のプロレス団体のWWEのように、BWFの試合結果は決まっていて、抗争やストーリーラインには脚本がある。しかし、レスラー達が身体に受ける痛みは本物である。レスラーたちは脳しんとうを起こしたり骨折したりする。


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ジョニー・ノスの名で活躍する26歳のジョン・トーレスは「身体は痛むけど、心は喜びでいっぱいなんだ」と言う。彼の父もレスラーで、彼はそれを継いだのだという。

BWFはアメリカに数多くある”インディー”団体の1つである。レスラー達はコミュニティセンターやビリヤードホールのような会場で行われるインディー興行に出場し、僅かなお金、あるいは無償で試合をする。


プロレスリングイラストレーテッド誌の編集長であるスチュー・サクス氏によれば、インディー団体の収入はチケットの売り上げに大きくかかっているという。
彼によると多くのレスラー達の最終目標は、TNAやWWEのような大きな団体に所属する事である。しかし、メジャー団体がテレビや大会場で生える大型選手を好むのに対し、才能はあるけれど体格が足りない選手達がインディーには多い。


「例え数は少なくても、観衆の前に立ってやりたい事をするのは、レスラーにとって特別なことなんです」とサクス氏。


今月の興行では、明るいライトと煙幕が立ちこめるジムの中で、レスラー達が闘っていた。小さい子どもを連れた家族が折り畳みイスに座り、歓声をあげていた。


試合前に選手たちの血圧をチェックした医者も、手を叩きながら観客席に座っていた。売店では、ケイブマンのポスターが2ドル、ブロンコ・インターナシオナルのマスクが15ドルで売られていた。入場料は大人13ドル、子ども7ドルだ。(現在1ドル100円程度)

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49歳のデビッド・ブラントレーは30歳の息子コーリーと一緒に最前列に座っていた。コーリーは腰の下に麻痺があり、車いすを使っている。


父子は毎月BWFを見に来ている。レスラー達はよくコーリーに話しかけてくれて、写真を一緒に取ってくれる。


「私も息子もこの為に生きています」と父のデイビッドは語る。


この日のメインイベントは極悪人ボビーCディネーロ率いるタッグチームディスリスペクトフルズとケイブマンとルカ(190cm、125kgの荒くれ者)の抗争であった。首を絞めたり噛み付いたりとの乱戦の末、ボビーCディネーロがルカをピンフォールし、観客達はブーイングを飛ばした。


ボビーCの本名はロバート・ゼムラーという42歳の男性で「リング上では俺は悪者だけど、リングを降りたら優しいぜ」と語る。


彼はプロレスで稼げてはいないが、プロレスを愛していると言う。彼は興行のチラシや自分がポーズをとっている写真を貼ったスクラップブックを持っている。


「何かしらの遺産を残したい人がいるだろう。俺に取って、レスラーであることと、人生を通じて良い人であること、それが全てなんだ」とゼムラー氏は語った。


※一部意訳したり端折ったところがあります。(試合の細かい描写とか)

紹介されていたBWFという団体のサイトはこちらです。
https://www.facebook.com/TheBWF


色々こみあげてくるものはありますが、感想は後日別記事で。

当ブログは経済&プロレスの両面を見ようとしていたブログです。今回紹介した記事は、経済ネタというより日経新聞の生活欄みたいな感じではありますが、まさにど真ん中の記事でした。意外と長かったけど、好きなものは頑張れば1時間ちょっとで訳せるものなんですね。

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ブロンクスといえばデニーロ初監督作品のブロンクス物語が真っ先に出てきます。


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この記事では、真撃(ZERO-ONEのイベント)と自動車教習所と留年しそうになった思い出について書いています。

14 PM
(本文とは関係なし)

わたくし現在アメリカに暮らしていて、アホみたいに毎日車に乗っております。でも、アメリカに来る前はペーパードライバーでした。横浜で生まれ育った頃からあまり自動車というものが好きでなく、できることなら免許など取らずに生きて行こうと思っていたのですが、大学1年生のときに、友人に誘われるがままに免許合宿に参加してしまいました。友人はどうやら彼女なしでクリスマスを過ごことに耐えられず、そういうのと程遠い田舎の自動車学校にいる事で気を紛らわそうとしていたようです。私もそうでした。

そんなわけで、お互い大学1年生だった2001年の冬休みから2週間ちょっと泊まり込みで、長野にある自動車教習所に入所しました。

自動車学校に2週間くらい泊まり込んで免許を取るといので、さぞかし車尽くしな日々を送るのかと思っていたのですが、1日の教習時間が2時間位に制限されていたので、2時間車に乗って練習し、2-4時間くらい座学の講義を受ける意外は完全にヒマ、という生活でした。

空いた時間に大学勉強をしよう、とか最初は思っていたのですが、教習所にある大量の漫画を読むのにいそがしくて、全く勉強しませんでした。



合宿ということで4人部屋ではありましたが、いろんな番組が見られるテレビが部屋に備え付けてあり、GAORAを視聴することができました。当時、週刊プロレスと週刊ゴングしかプロレス情報を得る手段が無かった私には、そこで放送されているプロレス団体のほとんどが初めて見る世界でした。例えば、闘龍門、みちのくプロレスそしてZERO-ONEが開催していた格闘技路線のイベント「真撃」。

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闘龍門では1人の選手が引退宣言した後に、彼の後を継ぐといわれたマスクマン(スペルシーサー)が登場しました。ウブで闘龍門に疎かった私にもさっき引退した人が入ってることは何となく分かりました。みちのくプロレスは4代目タイガーマスクが怪我をしてしまったようで、挨拶をしていたところ、日高郁人がいきなり乱入してきて、4代目を血祭りにしていました。彼らの抗争が、「初代タイガー対小林邦明のような」と言われたのですが、その世代を(当時)知らなかった私はあまりピンときませんでした。真撃では村上一成とジョシーデンプシーの試合をやっていましたが、その試合も含め、真撃は思っていた以上につまらなかったことが今でも記憶に残っています。

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私の友人はプロレスには一切興味がないようで、「ゲイの人とか見たら喜びそうだね?」とか、流血戦を見て「感染症とか大丈夫なの?」とか、こちらが予期せぬ初心者反応をしてきました。ただ、「さっき放送していたの(闘龍門)は分かりやすくて面白い感じがしたけど、こっち(真撃)は何が面白いのかサッパリ分からない」という意見には私も同意しました。

闘龍門はスピーディーでアクロバティックな試合展開で、メンバーたちのマイクアピールはものすごく滑舌が良くて、見どころを分かりやすく説明してくれていました。でも、真撃はプロレスが好きな私でもなかなか楽しみどころを見つけられませんでした。



さて、運転に関するセンスがなかった私は、教習所の車でバリケードに突撃してタイヤをパンクさせてしまったり、年内最後の仮免試験を受けそびれた関係で、卒業がいっきに4日くらい延びてしまったり、そのせいで冬休み明けに実施されたドイツ語の中間試験を受けることができなくて留年しかけたり、なかなかドキドキする合宿でした。(幸い追試があったので何とかセーフだった)

あと、その合宿所に置いてあったプロレス雑誌を見ていたら、「プロレス好きなの?」と別部屋のプロレスファンに声をかけられて、その後2人で全日本プロレスの武道館大会を一緒に観に行った、なんてことがありました。美大の最高峰である東京藝術大学に通っていて、裸婦のデッサンとかした事もあるとか言ってました。本当にそんなことってあるんですね。残念ながら彼の名前は忘れてしまいました。


そんなわけで、何だか昔の事を思い出してみました。

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