この記事では、真撃(ZERO-ONEのイベント)と自動車教習所と留年しそうになった思い出について書いています。

14 PM
(本文とは関係なし)

わたくし現在アメリカに暮らしていて、アホみたいに毎日車に乗っております。でも、アメリカに来る前はペーパードライバーでした。横浜で生まれ育った頃からあまり自動車というものが好きでなく、できることなら免許など取らずに生きて行こうと思っていたのですが、大学1年生のときに、友人に誘われるがままに免許合宿に参加してしまいました。友人はどうやら彼女なしでクリスマスを過ごことに耐えられず、そういうのと程遠い田舎の自動車学校にいる事で気を紛らわそうとしていたようです。私もそうでした。

そんなわけで、お互い大学1年生だった2001年の冬休みから2週間ちょっと泊まり込みで、長野にある自動車教習所に入所しました。

自動車学校に2週間くらい泊まり込んで免許を取るといので、さぞかし車尽くしな日々を送るのかと思っていたのですが、1日の教習時間が2時間位に制限されていたので、2時間車に乗って練習し、2-4時間くらい座学の講義を受ける意外は完全にヒマ、という生活でした。

空いた時間に大学勉強をしよう、とか最初は思っていたのですが、教習所にある大量の漫画を読むのにいそがしくて、全く勉強しませんでした。



合宿ということで4人部屋ではありましたが、いろんな番組が見られるテレビが部屋に備え付けてあり、GAORAを視聴することができました。当時、週刊プロレスと週刊ゴングしかプロレス情報を得る手段が無かった私には、そこで放送されているプロレス団体のほとんどが初めて見る世界でした。例えば、闘龍門、みちのくプロレスそしてZERO-ONEが開催していた格闘技路線のイベント「真撃」。

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闘龍門では1人の選手が引退宣言した後に、彼の後を継ぐといわれたマスクマン(スペルシーサー)が登場しました。ウブで闘龍門に疎かった私にもさっき引退した人が入ってることは何となく分かりました。みちのくプロレスは4代目タイガーマスクが怪我をしてしまったようで、挨拶をしていたところ、日高郁人がいきなり乱入してきて、4代目を血祭りにしていました。彼らの抗争が、「初代タイガー対小林邦明のような」と言われたのですが、その世代を(当時)知らなかった私はあまりピンときませんでした。真撃では村上一成とジョシーデンプシーの試合をやっていましたが、その試合も含め、真撃は思っていた以上につまらなかったことが今でも記憶に残っています。

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私の友人はプロレスには一切興味がないようで、「ゲイの人とか見たら喜びそうだね?」とか、流血戦を見て「感染症とか大丈夫なの?」とか、こちらが予期せぬ初心者反応をしてきました。ただ、「さっき放送していたの(闘龍門)は分かりやすくて面白い感じがしたけど、こっち(真撃)は何が面白いのかサッパリ分からない」という意見には私も同意しました。

闘龍門はスピーディーでアクロバティックな試合展開で、メンバーたちのマイクアピールはものすごく滑舌が良くて、見どころを分かりやすく説明してくれていました。でも、真撃はプロレスが好きな私でもなかなか楽しみどころを見つけられませんでした。



さて、運転に関するセンスがなかった私は、教習所の車でバリケードに突撃してタイヤをパンクさせてしまったり、年内最後の仮免試験を受けそびれた関係で、卒業がいっきに4日くらい延びてしまったり、そのせいで冬休み明けに実施されたドイツ語の中間試験を受けることができなくて留年しかけたり、なかなかドキドキする合宿でした。(幸い追試があったので何とかセーフだった)

あと、その合宿所に置いてあったプロレス雑誌を見ていたら、「プロレス好きなの?」と別部屋のプロレスファンに声をかけられて、その後2人で全日本プロレスの武道館大会を一緒に観に行った、なんてことがありました。美大の最高峰である東京藝術大学に通っていて、裸婦のデッサンとかした事もあるとか言ってました。本当にそんなことってあるんですね。残念ながら彼の名前は忘れてしまいました。


そんなわけで、何だか昔の事を思い出してみました。

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